品質を設計から作り込む方法タグチメソッド(その2)

【執筆者紹介】熊坂 治
この記事の執筆者
熊坂 治
山形県生まれ
東北大学工学部(応用物理学科)を卒業後パイオニア(株)に入社し、基礎研究、プロセス技術、生産技術、製造技術、工場計画、技術営業、事業開発など広範に担当。
2008年に経営工学部門、2009年に総合技術監理部門と技術士資格を取得し、退社後技術士事務所を開設して、品質工学をコンサルティング。
2011年に株式会社産業革新研究所を設立し、2012年にWebサイト「ものづくりドットコム」を公開。多くの専門家と協力しながら製造業のプロセス革新と課題解決を支援している。
博士(工学)、技術経営修士(専門職)、山梨学院大学客員教授(技術経営論)
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ものづくりドットコムの熊坂です。

Jリーグ終わっちゃいましたね。川崎フロンターレの優勝も劇的でしたが、我らがヴァンフォーレ甲府は最終戦で仙台相手に劇的な勝利を収めたものの、勝ち点1足りずにJ2降格となりました(;_;)

でも常にJ1チームでダントツ最少の予算で5年残留したことは称賛に値します。最近私は孫氏の兵法に凝っているのですが、ヴァンフォーレは風林火山を旗印にしているだけあって(?)、己の実力を知って、敵を研究して、強豪チームと(時に)互角の戦いでサポーターを楽しませてくれました。

中小の製造業でも孫氏の兵法から、戦乱の世を凌ぎきるヒントが手に入ります。

さてものづくり革新のキーワードを毎回ひとつずつ紹介していますが、今回は前回に引き続き「タグチメソッド」についてお話しします。

 

入出力関係で評価する

タグチメソッドが「技術評価方法」であることは前回説明しました。技術開発と言えば、パワーを大きくする、騒音を小さくする、外観を良くするなどたくさんの要求項目があり、えてしてお互いにこちらを良くするとあちらが悪くなる「トレードオフ」の関係が発生し、妥協の産物が生まれがちです。もしひとつの指標だけで最適化できるなら、ずいぶん効率的だとは思いませんか?そのような指標をタグチメソッドでは「基本機能」と呼び、このたったひとつの指標を最大化すべく開発を進めます。

基本機能は技術システムの理想的な入出力関係を指し、典型的には電気、運動、化学などのエネルギーの変換です。LEDであれば電力と光、モーターであれば電力と回転運動、ブレーキであれば運動と熱などのエネルギーが入出力の関係となり、これらが比例関係でロスが少ないほど、他の品質問題は起こらないと考えます。

ただし通常環境ではあまり差が出ずに判定が難しいため、図1のようにわざとばらつきの原因となる因子を加えて差が出やすいようにするところが秀逸です。ばらつき因子の候補としては製造に使う部品、材料、工程や、使用環境の温度、負荷、摩耗など無限にある中で、効果が大きく実験が容易なものを選ぶことが重要になります。 

図1.技術システムモデル

やや具体的な評価方法

理想の入出力関係のばらつき因子に対する頑健性(ロバスト性)、もしくはそれを評価する方法を品質工学では「基本機能」と呼びます。具体的には下図2の点線のような理想的入出力関係に対して、通常の状態N1と、わざとばらつき因子で差をつけた状態N2で入出力関係を測定し、その頑健性を数値化します。

図2.機能性評価の模式図

 

η=10log(β22)をSN比と名付けて指標とします。ここでβはN1とN2平均の傾き、σはβに対する全測定点の分散の平方根です。詳細の計算法は参考書に譲りますが、前式を見てわかるように、入出力の傾きβが大きく、ばらつきσが小さいほどSN比は大きくなります。

先ほど例示したエネルギー変換を基本機能とした時に、SN比が大きいほどエネルギー効率が高くなるため、振動、熱、電磁放射、音といった余計なエネルギー損失が少なくなる結果、さまざまな不良が減り、しかも長寿命になることが多いのです。つまりたった一つの指標を最適化することで、全体最適が達成されるわけです。

さまざまな基本機能例

品質工学会では毎年100件ほどの事例が発表されるので、継続的に見ていると主要な基本機能が分かってきます。表1にそれをまとめました。必ずしもエネルギー変換ではありませんが、比例する入出力のパターンが見えてきませんか。

表1.各種技術の基本機能

ただし機能によっては、理想的な入出力関係が比例ではなく対数だったり、指数だったり、全く任意の非線形だったりします。そんな時はまた独特の評価方法がありますので、調べてみて下さい。

モーターの評価事例

多くの事例の中で、一番分かりやすく成功例も多いのがモーター評価です。これはモーターのエネルギー変換効率が80%以上とかなり高いため、効率を上げれば上げるほど、摩耗などの劣化に消費されるエネルギーが急激に下がるためと思われます。一方で私が昔担当していたプラズマディスプレイは、電力を光に変換する効率が数%と低いため、これを2倍にしたとしても、用途外に消費されるエネルギーの減少は微々たるものです。

図3にモーターの基本機能評価の式を示します。入力を例えば1W、2W、3Wと上げて行った時の回転数(回転エネルギーに比例)を測定し、通常時とばらつき因子である外乱(温度、粉塵、摩耗)を変化させて、その回転数の変化度を見るだけですから、準備さえできていれば測定自体は15分くらいで終了します。この評価後にモーターの寿命試験をすると、SN比が高いものほど長かったという報告が出ています。5000時間以上とかいう寿命試験の大半が、この方法で省くことができます。

図3.モーターの基本機能評価

2回で終わるつもりでしたが、今回の機能性評価と組み合せて絶大な効果を発揮する直交表を次回説明します。どうでしょう、参考になりましたか?ものづくりドットコムでは、鶴田明三さんがこの分野の専門家です。不明の点やご相談はQ&Aコーナーや問い合わせフォームで質問してください。

この記事の執筆者
熊坂 治
山形県生まれ
東北大学工学部(応用物理学科)を卒業後パイオニア(株)に入社し、基礎研究、プロセス技術、生産技術、製造技術、工場計画、技術営業、事業開発など広範に担当。
2008年に経営工学部門、2009年に総合技術監理部門と技術士資格を取得し、退社後技術士事務所を開設して、品質工学をコンサルティング。
2011年に株式会社産業革新研究所を設立し、2012年にWebサイト「ものづくりドットコム」を公開。多くの専門家と協力しながら製造業のプロセス革新と課題解決を支援している。
博士(工学)、技術経営修士(専門職)、山梨学院大学客員教授(技術経営論)
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