ダイソンから学ぶ技術の用途開発方法〜掃除機からEV開発まで〜

【執筆者紹介】永井 満

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この記事の執筆者
永井 満
経歴
・1986年生まれ
・東海地方責任者|テクノポート株式会社
・航空宇宙工学専攻(修士|論文)|日本大学大学院
・元技術者(設計開発)|ボッシュ株式会社
企業紹介系YouTubeの運用|キギョズム
技術紹介系YouTubeの運用|テクパルコ

専門領域
・技術マーケティング
・技術ブランディング
・イノベーションのための思考法

マーケティング研究テーマ
想起から逆算して設計するブランディングモデルの開発
(BBBAMモデル|ビー・ビー・バン・モデル)


セミナー講師実績
 主催:株式会社日本テクノセンター
 テーマ:技術マーケティングの効果的な推進ポイント

MONOist寄稿実績
・技術者なしのマーケティングはあり得ない!
・マーケターにも技術的知識が必須に!
・「サプライヤーの探し方と選定基準」の本音
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なぜダイソンは、掃除機メーカーでありながら、ヘアドライヤーやハンドドライヤーを作り、挙げ句の果てには電気自動車(EV)の開発にまで踏み込めたのか。逆に、なぜEVだけは商業化に至らず撤退したのか――。

「うちの技術を別の市場に活かせないか」と考えたことのある製造業の経営者・技術者であれば、一度は抱く疑問ではないでしょうか。これは単なる成功企業の立志伝ではなく、自社の技術を起点に新しい市場を開拓する「用途開発」の教科書そのものです。

本記事では、ダイソンの歩みをMFTフレームワークアンゾフのマトリクスという2つの分析軸で読み解きます。サイクロン掃除機の誕生からEVプロジェクトの中止までを一気通貫で分解することで、自社の技術をどの方向に展開すれば勝ち筋が見えるのか、そのヒントを抽出していきます。


この記事の目次

用途開発とは何か?──2つのフレームワークで整理する

用途開発の定義

用途開発とは、自社が保有する技術を起点とし、既存の主力市場とは異なる業種・分野に新しい用途を見つけて展開していく事業開発活動を指します。新規事業開発と似ていますが、「技術ありき」で進める点が決定的に異なります。顧客ニーズから逆算するのではなく、すでに自社が握っている強みを「どこに刺すか」を考える発想です。

製造業にとって用途開発が重要なのは、長年研究開発してきた技術を「一つの市場のためだけに使う」のはあまりにもったいないからです。同じ技術でも、見方を変えれば全く別のF(機能)として再定義でき、別のM(市場)に刺さります。ダイソンはこれを極端なまでに実践してきた企業の代表例と言えます。

用途開発を進める際に有効なフレームワークを2つ紹介します。

① MFTフレームワーク(Market / Function / Technology)

MFTフレームワークは、自社の技術を「T(Technology:技術)」「F(Function:機能)」「M(Market:市場)」の3階層に分解して整理する手法です。

  • T(Technology):自社が保有する具体的な技術や製造手段
  • F(Function):その技術が発揮する機能・働き
  • M(Market):その機能を必要とする市場・用途

重要なのは、ひとつのTから複数のFが生まれ、1つのFから複数のMが生まれるという多対多の構造にあります。「サイクロン技術」というTひとつを取っても、「空気から異物を分離する」「髪から水分を飛ばす」など複数のFが紐づき、それぞれ別のMが広がっています。逆に言えば、Tを深掘りしFを言い換えるだけで、企業はまだ到達していない市場を発見できるということです。

② アンゾフのマトリクス

アンゾフのマトリクスは、経営学者イゴール・アンゾフが提唱した、事業成長の方向性を4象限で整理するフレームワークです。

既存市場新規市場
既存製品市場浸透市場開拓
新規製品製品開発多角化

用途開発の文脈では、特に右下の「多角化」と右上の「市場開拓」、左下の「製品開発」が主戦場になります。ダイソンは創業から40年近くかけて、この4象限を実に整然とした順序で踏破してきました。

なぜダイソンが事例として最適なのか

ダイソン社の2023年度売上は71億ポンド(約1.3兆円)。一企業の規模としても目を見張りますが、用途開発の事例として特筆すべきは、ほぼすべての製品が「サイクロン技術」と「デジタルモーター」という2つのコア技術から派生している点です。

通常、家電メーカーが掃除機・扇風機・ヘアドライヤー・空気清浄機を揃えようとすれば、それぞれ専門の設計・部品・サプライヤーを組み合わせます。ところがダイソンは、同じ技術の束をパッケージごと別の市場に再投入するという方法で製品群を増やしてきました。結果として、一本の技術の木から無数の実がなるような独特の事業構造が生まれています。

この「技術の再利用による多市場展開」こそが用途開発の理想形です。では、それがどのように積み重ねられてきたのか、時系列で追いかけていきましょう。

第1章:デュアルサイクロンの誕生──類似技術から独自技術へ

粉体塗装の粉塵回収機(サイクロン)を家庭用掃除機に応用

アンゾフ:製品開発

既存市場新規市場
既存製品市場浸透市場開拓
新規製品製品開発多角化

MFT分析①
T:サイクロン流体分離技術 → F:吸引力を落とさずに空気とゴミを分離する → M:家庭用掃除機市場

既存掃除機の課題──紙パックという構造的な欠陥

1978年、ジェームズ・ダイソンは当時主流だった紙パック式掃除機に強い違和感を抱いていました。自宅で使っていたフーバー社の掃除機が、紙パックが満杯でもないのに吸引力を落としていく――この現象を分解していく中で、紙パックの細かい目地にゴミの微粒子が詰まると、通気性が下がって吸引力が低下するという構造的欠陥に気づきます。

当時の掃除機業界にとって、紙パックは単なる消耗品ではなく年間約5億ドル(当時の推計)の巨大交換市場でした。プリンタインクと同じ「本体では儲けず、消耗品で稼ぐ」モデルが確立されており、メーカー側にはこれを壊す動機がまるでなかったのです。消費者は毎月紙パックを買わされ続け、しかも吸引力の低下に不満を抱きながら使い続けている。そこにダイソンはビジネスチャンスを見出します。

類似技術の応用──製材所のサイクロン集塵機にヒントを得る

転機となったのは、独立後に手掛けた園芸用手押し車「ボールバロー」の工場でした。塗装工程で使っていた粉体塗装のオーバースプレーを除去する際、紙パック式のフィルター方式が全く機能しなかった。代替策を探す中で、製材所で当たり前に使われていた「サイクロン集塵機」に出会います。

サイクロン集塵機は、1886年にアメリカのJ.M.モースが特許を取得した産業用の粉体分離装置です。円錐形の筒の中で空気を高速回転させ、遠心力で重たい粒子を壁に叩きつけて落下させる仕組み。製材所、セメント工場、金属加工現場など、産業界では100年以上前から使われていた枯れた技術でした。

ダイソンの発想は極めてシンプルでした。工場で使われている粉塵分離技術を、家庭用サイズに小型化すれば紙パックは要らなくなるのではないか。つまり、既に存在する技術を別の市場に持ち込むという、用途開発の最も基本的なパターンです

5,127回の試作──「枯れた技術」を「独自技術」に仕上げる

ただし「応用すればいい」で済む話ではありませんでした。家庭用掃除機という小型サイズで、かつ家庭で使う微細なゴミ(髪の毛、フケ、ダニ、花粉など)を分離するには、工場用とは全く異なる設計が必要だったからです。空気の流路の角度、サイクロン筒の直径、入口の絞り――あらゆるパラメータを一つずつ変えながら、ダイソンは1979年から1984年まで5年間、自宅裏の作業小屋で試作を繰り返します。

この間に作った試作機の数は5,127台。公式記録としても残されている数字です。収入は妻ディアドレの美術教師としての給与に完全依存する状態で、最終的にデュアルサイクロン方式(2段階の遠心分離)というダイソン独自のアーキテクチャにたどり着きます。

MFT分析①:産業技術を家庭用に転写する

用途開発の観点でこの時期のダイソンを整理すると、こうなります。

  • T(技術):産業界で使われていたサイクロン流体分離技術を、家庭用サイズに小型化・最適化した独自アーキテクチャ
  • F(機能):紙パックに依存せず、吸引力を落とさずにゴミと空気を分離する
  • M(市場):家庭用掃除機(当初は既存市場。ただし紙パック不要という切り口で差別化)

アンゾフのマトリクスでは、これは「既存市場×新規製品=製品開発」の象限に位置します。掃除機という既存のM(市場)に、新しい技術を持ったP(製品)を投入するパターンです。

ここで抑えておきたいのは、ダイソンが「ゼロから新技術を発明した」わけではないということ。他の産業分野で確立された技術を、自分の市場に移植したのです。用途開発を考えるときに、多くの製造業が陥る罠は「自社の独自技術でなければ意味がない」という思い込みですが、ダイソンは逆でした。「世の中で既に動いている技術が、なぜここでは使われていないのか」を問う姿勢こそが、用途開発の起点になりえます。

第2章:モーターの内製化──なぜ「心臓部」を自分で作ったのか

アンゾフ:製品開発(技術の深化)

既存市場新規市場
既存製品市場浸透市場開拓
新規製品製品開発多角化

MFT分析②
T:超高速デジタルモーター → F:強力かつ小型の動力源 → M:掃除機(既存)

サイクロン方式のボトルネックは「モーター」だった

1993年、ダイソン初の自社製品DC01が英国市場で発売されます。販売開始からわずか18ヶ月で英国内のトップシェアを獲得し、2001年にはアップライト型掃除機市場の47%を占めるまでに成長しました。ところがダイソン本人は、この成功の最中にすでに次の課題を見据えていました。

掃除機の核心である「モーター」が、外部調達の汎用品だったことです。

汎用モーターには3つの構造的な問題がありました。第一に大きく重いため、製品の小型化・軽量化の足かせになる。第二にブラシ(接点)が摩耗するため寿命に限界がある。第三にエネルギー変換効率が40〜50%程度と低く、残りは熱として捨てられていました。つまり、サイクロン方式で吸引力の構造的欠陥を解決しても、モーターという心臓部が足を引っ張っていれば、ダイソンの競争優位は頭打ちになる――そう見抜いていたのです。

1999年──デジタルモーター開発プロジェクト始動

1999年、ダイソンは社内にデジタルモーター開発チームを立ち上げます。目標は、従来のブラシ付きDCモーターとは全く異なる、ブラシレス・デジタル制御・超高速回転を特徴とするオリジナルモーターの開発でした。

5年後の2004年、第1世代「Dyson Digital Motor V1(開発コード:X020)」が完成します。シンガポールで量産を開始し、毎分約10万回転という既存モーターの2〜3倍の回転数を実現。エネルギー変換効率は84%に達しました。

技術の深化──Tをさらに磨き上げる

ここで重要なのは、モーターの内製化はアンゾフでいう「製品開発」、MFTで言えばT(技術)の深化にあたるという点です。市場は依然として掃除機(既存M)ですが、T(技術)の層がサイクロン流体分離技術に加えて、デジタルモーターという新しい軸を獲得したことになります。

従来の汎用モーターDyson Digital Motor
回転数毎分2〜3万回転毎分10〜11万回転
エネルギー効率約40%約84%
構造ブラシ付きブラシレス
サイズ大・重い小型・軽量

単なるコモディティ部品を、競争優位の源泉に転換する――これはコア技術の内製化戦略の典型例です。米Appleが独自チップ(Aシリーズ)を開発してiPhoneの差別化を決定づけたのと同じ構造と言えます。

そして、このモーターの内製化がなければ、後に続く「水平展開」は絶対に実現しなかった――次章で見ていく、ダイソンが掃除機を超えて多方面に進出できた決定的な理由です。

第3章:流体技術×モーターの水平展開──用途開発の真髄

アンゾフ:市場開拓

既存市場新規市場
既存製品市場浸透市場開拓
新規製品製品開発多角化

MFT分析
T:流体制御技術+デジタルモーター → F:高速気流を精密にコントロールする → M:①ハンドドライヤー ②羽根のない扇風機 ③ヘアドライヤー ④空気清浄機

「同じ技術を違う市場に打ち込む」の実演

本章は、ダイソンの用途開発を語るうえで最も重要な章です。

2004年にデジタルモーターを獲得したダイソンは、手元に「サイクロン流体技術」と「超高速デジタルモーター」という2本の柱を持つことになりました。この2本の柱をどう組み合わせるかを考えたとき、共通する機能(F)が浮かび上がります。

それは、「高速気流を生成し、精密に制御する」という機能です。

掃除機は「高速気流でゴミを吸い込む」道具。しかし同じ機能は、向きを変えれば「高速気流で水を飛ばす」「高速気流で髪を乾かす」「高速気流を生成して送り出す」「高速気流で空気を清浄化する」という全く別の用途に化けます。ダイソンは、このF(機能)の言い換えで、一気に市場を広げていきます。

市場①:ハンドドライヤー「Airblade」(2006年)

出所:https://www.dyson.com/commercial/hand-dryers

最初の水平展開は、業務用ハンドドライヤーでした。

2006年、ダイソンは公共施設向けのハンドドライヤー「Airblade」を発表します。従来の温風で水分を蒸発させる方式ではなく、時速約640km(400mph)の高速エア・シートで水分を「拭き取る」という発想でした。搭載モーターはデジタルモーターV4。乾燥時間は10〜12秒で、HEPAフィルターを通した清浄空気を使用します。

これは完全な「市場開拓」です。製品(高速気流を生み出す技術)は基本的に同じ、しかし市場は家庭向け掃除機から業務用の衛生機器市場へと移っています。顧客も個人消費者からオフィスビル・空港・商業施設の運営者に変わり、購買ロジックも「家電の便利さ」から「ランニングコスト削減・衛生管理」に変化しました。

市場②:羽根のない扇風機「Air Multiplier」(2009年)

出所:https://support.dyson.com.sg/fans

続く展開が、2009年発表の羽根のない扇風機「Air Multiplier」です。

輪の形をした本体には羽根がなく、空気を吸い込む機構を土台に内蔵しています。吸い込んだ空気を輪の内周から高速で吹き出し、周囲の空気を巻き込んで最大15倍の気流を作り出す――これが「Air Multiplier(空気増幅)」という名前の由来です。流体力学でいうコアンダ効果と増幅効果を応用しています。

ここでもT(技術)は大きく変わっていません。同じ流体制御とデジタルモーターで、今度は「空気を生み出して送り出す」という機能に組み替えただけです。M(市場)は家庭用扇風機、つまり送風機器市場に変わりました。

市場③:ヘアドライヤー「Supersonic」(2016年)

出所:https://www.dyson.com/hair-care/hair-dryers/supersonic-nural/prussian-blue-bright-copper

2016年、ダイソンはヘアドライヤー市場に参入します。

製品「Supersonic」に搭載されたのは、直径わずか27mm、毎分11万回転のデジタルモーターV9。従来のヘアドライヤーと比較して半分の重さで、かつ圧倒的な送風量を実現しました。さらに毎秒20回の温度センシングで加熱ダメージから髪を保護する機能まで搭載しています。

ここでもM(市場)の跳躍が起きています。家電量販店の送風機器棚から、美容・パーソナルケア市場へ。価格も従来のヘアドライヤーの5〜10倍という高価格帯でのポジショニングに成功しています。消費者にとっての意味も「髪を乾かす道具」ではなく「髪をケアする投資」へと変わりました。

市場④:空気清浄機

出所:https://www.dyson.be/fr_be/traitement-de-l-air/purificateur-humidificateur-ventilateur/purifier-humidify-cool-formaldehyde-ph04

同じ時期に展開された空気清浄機シリーズも、同じ技術パッケージの延長線上にあります。送風の核としてデジタルモーターを使い、HEPAフィルターや触媒技術と組み合わせることで、送風機能に「空気を浄化する」というFを追加した形です。

MFT分析③:「同じT・Fで、違うMへ」こそが用途開発の真髄

この第3章の展開を整理すると、非常に明快です。

  • T(技術):変わらず(サイクロン流体技術+デジタルモーター)
  • F(機能):「高速気流を生み出し制御する」という上位概念に抽象化
  • M(市場):掃除機 → ハンドドライヤー(業務用衛生機器)→ 扇風機(送風機器)→ ヘアドライヤー(美容機器)→ 空気清浄機(空質管理機器)

アンゾフのマトリクスで見れば、これは「新規市場×既存製品(技術)=市場開拓」の象限にすべてプロットされます。

ここにMFTフレームワークと用途開発の核心があります。それは、Fのレイヤーを言い換えることで、同じTが突然まったく違うMに刺さるということです。

ダイソンにとって「掃除機」というFは、実は「高速気流でゴミを吸引する機器」という枠に閉じ込められていたにすぎませんでした。それを「高速気流を制御する機器」とより上位の概念で捉え直した瞬間、市場は無限に広がったのです。

これは自社の技術を持つ製造業にとって、最も強力な示唆ではないでしょうか。

第4章:バッテリー技術の獲得──「新たなT」を加える

アンゾフ:製品開発

既存市場新規市場
既存製品市場浸透市場開拓
新規製品製品開発new多角化

MFT分析④
T:高性能リチウムイオンバッテリー → F:コードレスで強力な電力供給を実現する → M:コードレス掃除機

コードレス化という新たな要求

2000年代後半、ダイソンに新しい課題が降ってきます。「コードレス化」というトレンドです。

消費者が求めるのは、コンセントに縛られない自由な掃除機。ところが、コードレス化には致命的な壁がありました。バッテリー駆動の掃除機は、コンセント式に比べて吸引力が圧倒的に落ちるのです。ダイソンがこだわってきた「吸引力が変わらない掃除機」というブランドメッセージと真っ向から矛盾します。

原因は明白でした。デジタルモーターの性能を支えるだけの電力を供給できる、小型・高容量のバッテリーが市販品にはなかったのです。ここでもダイソンは、第2章のモーター内製化と同じ結論に至ります。「ないのなら作る」と。

2015年:Sakti3買収と内製化への加速

ダイソンは2010年ごろから独自にバッテリー技術の研究に着手していました。決定的な動きは2015年3月、米国の固体電池スタートアップSakti3(サクティ・スリー)への出資です。まず1,500万ドルを投じ、同年10月には残り全株を約9,000万ドルで取得して完全子会社化しました。

加えて、2017年には英ウィルトシャー州の元王立空軍基地Hullavington Airfieldを買収し、バッテリーとロボティクスの大規模研究拠点として整備します。

その成果が、2009年発売のコードレス掃除機シリーズ(DC30から始まり、後のV6、V7、V8、V10、V11、V15へと続く)です。コード付きの有線式と変わらない吸引力を、バッテリー駆動で実現する――これは業界の常識を覆す達成でした。

MFT分析④:Tの層を厚くする

この段階のMFT整理は次のとおりです。

  • T(技術):既存のサイクロン技術+デジタルモーターに加えて、リチウムイオンバッテリー技術を新たに獲得
  • F(機能):コードレスでも強力な吸引力を維持する
  • M(市場):掃除機(既存市場。ただしコードレス化という新カテゴリを切り開く)

アンゾフのマトリクスでは「既存市場×新規製品=製品開発」。市場は掃除機のままですが、技術の層にバッテリーという新しい柱を加えることで、新しい製品カテゴリ(コードレス)を立ち上げています。

見逃してはならないのは、バッテリーの内製化がこの時点では「コードレス掃除機のための施策」だったという点です。ところがダイソンは、この投資を「もう一段上のM(市場)」へジャンプするための布石として使います。それが次章の、あまりにも有名なプロジェクトです。

第5章:モーター×バッテリーでEVへ──多角化の試みと、そこからの撤退

アンゾフ:多角化

既存市場新規市場
既存製品市場浸透市場開拓
新規製品製品開発new多角化

MFT分析⑤
T:デジタルモーター+バッテリー → F:電気で動く動力システム → M:電気自動車(EV)市場

2017年、ダイソンが「車を作る」と宣言

出所:https://www.dyson.com/discover/innovation/rethinking-technology/dyson-battery-electric-vehicle

2017年9月、ジェームズ・ダイソンは社内メールで全社員に衝撃的な計画を発表します。電気自動車(EV)の開発です。投資予定額は推定30億ドル(約4,000億円)以上。社内から400名超、後には500名を超える技術者が投入され、2021年の市場投入を目指すと宣言しました。

掃除機メーカーが自動車を作る――多くの人には突飛に映った決断ですが、ダイソンの社内ロジックは一貫していました。「我々はすでに、電気で動くものを作るための要素技術を揃えている」というものです。

  • 高性能デジタルモーター:すでに毎分10万回転超、高効率のモーターを内製
  • リチウムイオンバッテリー技術:Sakti3買収により固体電池技術を保有
  • 高度な流体制御と熱管理の知見:ヘアドライヤーや空気清浄機で培った
  • 精密なセンサー・制御技術:掃除機のゴミ検知やロボット掃除機「360 Eye」(2014年発表)で蓄積

ダイソン視点では、EVとは「巨大な電気製品」にすぎなかったわけです。

MFT分析⑤:技術の組み合わせで「全く新しいM」へ跳ぶ

この動きをMFTで整理すると、次のようになります。

  • T(技術):デジタルモーター+バッテリー+流体・熱制御+センサー(これらすべてを統合)
  • F(機能):電気で動く動力システムとして、人と物を運ぶ
  • M(市場):電気自動車市場(完全な新規市場)

アンゾフのマトリクスでは「新規市場×新規製品=多角化」の象限。それもかなり極端な多角化です。掃除機と自動車の間には、製品特性・流通・規制・競合のすべての面で、巨大な断絶があります。

2019年10月、EVプロジェクトを中止

しかし、この挑戦は結果として失敗に終わります。

2019年10月、ダイソンはEV開発プロジェクトの中止を発表しました。ジェームズ・ダイソン本人のコメントが印象的です。「素晴らしいEVは開発できた。しかし、商業的に成立させる見通しが立たない」。

プロトタイプ「N526」(7人乗りSUV、航続距離約965km)は実際に完成しており、後に本社で展示されました。技術的には成立したのです。撤退の理由は市場側にありました。テスラをはじめ既存自動車メーカーの本格参入によって競争が激化し、かつダイソンには自動車業界が持つ販売網・アフターサービス網・ブランドが存在しなかった。結果として、販売台数の見込みと投資回収の折り合いがつかなかったと言われています。

撤退という決断から学べること

EVプロジェクトは、用途開発の観点から見ると示唆に富んだ失敗です。

第一に、「技術的に可能」と「商業的に成立」は別問題であるということ。Tの層でいくら要素技術を揃えても、Mの層に顧客・競合・チャネル・ブランドという別の難題が存在します。ダイソンほどの企業でさえ、多角化の難しさはこの市場側の壁に集約されました。

第二に、撤退できる経営判断の強さ。ダイソンは4,000億円規模の投資を「商業的に成立しない」と判断した瞬間に止めました。これは並の経営判断ではありません。続く事業ならそれだけで立派なハイテク企業を何社も作れる規模です。

そして第三に、失敗で得た資産はゼロにはならないということ。EV開発で磨かれた固体電池技術・熱管理・パワートレイン制御の知見は、その後のダイソン製品群に還元されています。用途開発では「撤退はゴール」ではなく、「次のTを作るための素材を仕込む工程」とも言えるのです。

まとめ:ダイソンの軌跡から抽出する用途開発の設計図

ここまで見てきたダイソンの40年間を、MFT分析とアンゾフのマトリクスで一覧にまとめます。

5つのMFT分析の整理

T(技術)F(機能)M(市場)アンゾフ
① デュアルサイクロンサイクロン流体技術吸引力を落とさず空気とゴミを分離家庭用掃除機製品開発
② モーターの内製化超高速デジタルモーター強力かつ小型の動力源掃除機(既存)製品開発
③ 水平展開流体技術+デジタルモーター高速気流を生成・制御するハンドドライヤー/扇風機/ヘアドライヤー/空気清浄機市場開拓
④ バッテリー獲得リチウムイオン電池コードレスで強力な電力供給コードレス掃除機製品開発
⑤ EV開発モーター+バッテリー+統合制御電気で動く動力システム電気自動車多角化

アンゾフのマトリクスで見るダイソンの軌跡

ダイソンは、製品開発で土台を固め → 市場開拓で果実を取り → 多角化に挑んたという順序で成長してきました。これは偶然の並びではなく、用途開発のリスクと成功確率の論理を体現しています。

  • 製品開発(既存市場×新規製品):既に顧客とチャネルを持つ市場で戦うため、リスクは中程度。ダイソンはここで①と②を積み上げ、掃除機市場のトップに立ちました。
  • 市場開拓(新規市場×既存技術):技術は手中にあり、新市場を攻める構図。③の水平展開では、Fの言い換えだけで4つの市場を獲得しました。用途開発として最も成功率が高く、費用対効果も優れる象限です
  • 多角化(新規市場×新規製品):技術も市場もゼロから積み上げる必要があるため、最もリスクが高い。⑤のEV撤退がこれを示しています。

製造業の皆様が自社に応用するための3つの問い

ダイソンから学べる用途開発のエッセンスを、自社に当てはめる際の問いに落とすと次のようになります。

問い1:自社のコア技術(T)は何か? それは内製化されているか?
ダイソンはモーターとバッテリーを内製化することで、技術の層を厚くしました。外部調達の汎用品だけで戦っていると、用途開発の展開先はどうしても限定的になります。自社が「他社にない形」で握っている技術を明確に言語化することが出発点です。

問い2:自社のTから生まれるF(機能)は、どこまで抽象化できるか?
「掃除機を作る技術」で止まっていたら、扇風機もヘアドライヤーも生まれませんでした。「高速気流を制御する技術」に抽象化した瞬間、隣接市場が一気に見えてきます。あなたの会社の技術は、どの粒度で語られていますか? それを一段上のレイヤーに言い換えたとき、どんな市場が浮かび上がりますか?

問い3:狙う市場はアンゾフのどの象限か? リスクと整合しているか?
市場開拓(既存技術で新市場を攻める)は最もリターン/リスク比が良い象限です。いきなり多角化を狙うのではなく、まずは市場開拓で足場を築くのが鉄則と言えます。ダイソンの40年の軌跡は、この順序の重要性を雄弁に物語っています。

用途開発の実行にはマーケティングが不可欠

用途開発の本当の難しさは、技術を抽象化したあと、「この機能(F)を欲している市場が、どこにどれくらい存在するのか」を発見し、そこにアプローチする段階にあります。ここは純粋な技術開発の話ではなく、マーケティングの領域に入ります。

  • 自社技術をどんなF(機能)の切り口で訴求するか
  • どのM(市場)の顧客に、どんなキーワードで検索されているか
  • Webサイトでどう情報を設計し、どんな業種の問い合わせを獲得するか

テクノポートでは、製造業の皆様の持つ技術を起点に、異業種・異分野への用途展開を支援する「技術の用途開発Webマーケティング」を提供しています。自社技術の棚卸し、訴求軸の整理、Webサイト設計、SEO、コンテンツ制作まで、用途開発の企画から実行までを一気通貫でサポートしています。

「自社の技術を別市場に展開したい」「眠っている技術の使い道を発掘したい」とお考えの企業様は、ぜひ一度ご相談ください。ダイソンがサイクロン技術から5つの市場を創出したように、あなたの会社の技術も、まだ見ぬ市場に届く可能性を秘めているはずです。

関連サービス

参考文献

  • ジェームズ・ダイソン『逆風野郎!ダイソン成功物語』
  • ジェームズ・ダイソン『インベンション――僕は未来を創意する』
  • Wikipedia: Dyson (company)James Dyson
  • Dyson公式サイト(dyson.co.jpdyson.com
この記事の執筆者
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