中小企業専門の弁理士の亀山です。お陰様で、開業して6年目になります。開業して約300社の中小企業様・個人事業主様のご相談を受けてまいりました。今回も、特許相談のときに、よく見受けられるお客様の勘違いについてご紹介します。
この記事の目次
1、特許権取得までの道のり
特許権取得までの道のりとして、以下の6つのイベントがあります。
- 先行技術調査
- 特許出願
- 出願審査請求
- 審査対応
- 特許査定
- 特許権の維持
特許を取るためには、特許出願をする必要がありますが、特許出願をしても、すぐに特許権取得になりません。その理由は、前述の通りですが、わからない方は前回の記事を参照ください。
2、特許相談でよくある「取り返しのつかないこと」
お客様:スミマセン、この新商品で特許を取りたいのですが…取れるでしょうか?
かめやま:ハサミの発明ですね。
お客様:そうです。こちらで特許が取れるでしょうか?
かめやま:なるほど。特許取得のためには、3つのハードルを越える必要があります。
- 条件1、法上の”発明”であること
- 条件2、新規性があること(新規性)
- 条件3、進歩性があること(進歩性)
まず、「法上の”発明”であること」についてですが、今回の発明品が、ハサミなので、ここはクリアできます。あとは、「新規性」及び「 進歩性」を超えることができか否かポイントになりますね。
お客様:なるほど。
かめやま:ところで、この新商品のウリはどこですか?
お客様:柄の形状になります。
かめやま:ここの形状ですね?どのようなメリットがありますか?
お客様:操作性が良くて、長時間握っていても疲れない!と、多くのお客様から評判を頂いております。
かめやま:えぇ!!もう、販売済みですか?
お客様:はい。結構、好評なんです!!
かめやま:最初の販売はいつになりますか?
お客様:えーと…半年前?いや3ヶ月前です。
かめやま:あらら、ちょっと危ないですね~。
お客様:危ないですか?
かめやま:えぇ。ハサミの出願前に、ハサミを公開してしまったわけですよね?
お客様:ええ。
かめやま:「新規性」や「進歩性」の基準は、出願時に、その発明の内容と同一の物が公開されていないか否かとなります。仮に、ハサミの発明を今日出願したとした場合、今日までに公開された全てのハサミが、審査の対象となります。しかし、今回の場合、出願しようとするハサミと同じものが、3か月前に販売(公開)されていますよね?
お客様:でも。私が販売したハサミですが。
かめやま:お客様が販売したハサミであったとしても、特許の世界では、出願の前に、同じものが販売(公開)されているので、新しくない(新規性なし)と判断されてしまいます。
お客様:私が販売したハサミなのに?
かめやま:そうです。結果、「新規性をクリアーできず、特許を取得できない」となってしまいます。
お客様:ちょっと、解せないです。非現実的じゃないですか?売れるかどうかわからないのに、その都度、特許を出願しなければならないのですか?
かめやま:そうなんですが・・・特許法の基本スタンスは、こういう立場です。ところが、特許法では、こういうお客様の事情を考慮して、新規性喪失の例外という救済規定が用意されています。その条件は、以下の2つです。
- 条件1、最初の公開から1年以内に出願すること
- 条件2、出願時に、自分の公開事実を特許庁に申し出すること
お客様:今回は、公開から3か月しか経っていないので・・・?
かめやま:そうです。新規性喪失の例外を利用すれば、自分の販売行為で「新規性」がNGになることはありません。あとは、他社の類似商品との戦いになります。
お客様:よかった!でも、条件1についてですが、あと8か月ありますね。もう半年、出願を先送りできますか?
かめやま:可能です。しかし、デメリットもあります。半年間販売をし続ける間に、同業者から類似品を販売する場合がありますよね?
お客様:確かに・・・それはあり得ます。
かめやま:同業者から類似品の販売事実が、お客様の特許出願よりも前に行われてしまうと、その販売事実によって新規性がなしとなってしまいます。また、新規性喪失の例外の適用もまず難しいです。
お客様:そうすると、模倣行為が取り締まれない・・・
かめやま:そうなってしまします。
お客様:うーん・・・結局、可能な限り早めに出さなければならないということですね。
かめやま:そうです。A.S.A.P(As soon as possible)という心構えが基本になります。今回は、新規性喪失の例外を受けられそうですので、まずは先行技術調査を進めていかがでしょうか?調査の中で、他社の類似技術と比較し、特許性がありそうであれば、出願すればよいですし、厳しければ別の方法を考える・・・という流れでどうでしょうか?
お客様:わかりました。お願いします。
2、「特許取得」に立ちはだかる3つのハードル
1、法上の”発明”であること 大雑把にいえば、物(ハードウェア)であるか否かです。その後の法改正により、物にプログラムが追加されました。よって、有体物(ハードウェア)であれば、発明となります。
2、新規性があること 出願時点において、特許を取得しようとしている発明の内容が公開されていないこと。公開行為としては、販売行為、展示会での出展や、インターネット上の販売や宣伝等があります。
3、進歩性 詳しい説明は、次回以降にしたいと思いますが、大雑把にいえば、組み合わせの妙(1+1=3になるようなもの)であるか否かです。
4、「販売が先か?それとも、特許出願が先か?」というジレンマ
新製品が完成すれば、市場の反応は早くつかみたいし、反応がよければ早く販売したいと思います。また、大きな利益が出そうであればこの利益を守るために特許を出しておきたい!と考えるのが企業側の本音です。ところが、特許法における「新規性」は、「販売前に出願してくださいね!」のように、企業側の想いとは真逆の立場を取ります。
特許出願の意思決定には、「販売が先か?出願が先か?」といったジレンマが起こります。
5、新規性喪失の例外
こうしたジレンマを解消すべく、新規性喪失の例外が用意されています。新規性喪失の例外の適用を受けるためには、以下の条件1~2をクリアーする必要があります。
- 条件1、最初の公開から1年以内に出願すること
- 条件2、出願時に、自分の公開事実を特許庁に申し出すること
中でも、条件1を満たすか否かが大きな問題となります。「時計の針は戻せない」ですから。
6、新規性喪失の例外の限界
便利な「新規性喪失の例外」にも限界があります。1つ目は時期の問題です。最初の公開から時間が経ってから出願をすると、他社の類似品が市場に出てしまいます。他社の類似品の販売行為は、「新規性喪失の例外」の適用を受けることができません。
2つ目は、国の問題です。「新規性喪失の例外」のような制度は国ごとによって異なります。アメリカは、日本と同じような制度を持っていますが、中国やヨーロッパは、厳格な制度を持っており、「新規性喪失の例外」をほとんどで起用することができません。このため、海外(特に、中国やヨーロッパ等)で特許を取得したい場合には、「公開前に出願する」という形をとらざるを得ません。「すでに販売していしまったよ~」という場合には、「新規性喪失の例外」の制度を持つ国でしか特許を取得することができません。
7、まとめ
- 特許取得には、「発明であること」「新規性があること」「進歩性があること」の3つのハードルがある。
- 「市場の反応」に基づき出願の意思決定したい場合、「新規性」が厄介になる
- 強い味方の「新規性喪失の例外」
- 便利な新規性喪失の例外にも限界がある。
- 特許出願は、可及的速やかに。外国出願を検討している場合には尚更。
限界その1:出願を遅らせることは、自社の出願前に「第三者からの類似品販売」のリスクが高まる。結果、救済規定「新規性喪失の例外」を受けられないリスクが高まる。
限界その2:海外には、「新規性喪失の例外」がそもそも厳しい国もある。