今回は世界の製造業ヨーロッパ編の第四弾として「イギリスの製造業」を紹介します。
イギリスは金融・IT・専門サービスなど第三次産業の比重が大きい一方、航空宇宙・防衛、医薬品・ライフサイエンス、自動車といった高付加価値製造業でも世界有数の競争力を持つ国です。2025年に公表された英国政府の「Modern Industrial Strategy」では、先進製造業やクリーンエネルギー、ライフサイエンスなどを今後10年間の重点成長分野に位置付けました。製造業は、単なる生産拠点ではなく、研究開発、脱炭素、経済安全保障を支える戦略産業として重要性を高めています。
この記事の目次
基本情報
- 正式名称: グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(United Kingdom)
- 首都: ロンドン(London)
- 首相: アンディ・バーナム(2026年7月20日就任)
- 通貨: 英ポンド(GBP)(1ポンド=216.8円 ※2026年8月26日時点)
- 人口: 約6,949万人
- 面積: 約24.3万km2
- 公用語: 英語(ウェールズ語、ゲール語等含む)
- 宗教: キリスト教(約46%)、無信仰(約37%)
- 平均寿命: 男性79.4歳、女性83.3歳
産業構造(現状・今後)
イギリス経済はサービス産業中心です。英国下院図書館によると、2023年の粗付加価値(GVA)に占めるサービス業の割合は約80%、製造業は約9%でした。1990年には製造業が17%を占めていたため、長期的にはサービス経済化が進んでいます。
ただし、製造業の存在感をGDP比だけで評価するのは適切ではありません。Make UKの2025年版資料では、英国の製造業生産額は約2,200億ポンド規模で、約260万人を雇用しています。また、英国の企業研究開発や設備投資の重要な部分を製造業が担っており、輸出・生産性・地域雇用への波及効果も大きい産業です。
2026年4~6月期の実質GDPは前期比0.4%増でした。サービス業が0.5%増となった一方、生産部門は横ばいであり、製造業は依然として世界景気、エネルギー価格、貿易環境の影響を受けやすい状況です。
経済の特徴(強み・弱み)
イギリスの強みは、ロンドンの金融機能、世界トップクラスの大学・研究機関、厚い研究開発基盤と、高付加価値製造業を組み合わせられる点です。ケンブリッジ周辺のライフサイエンス、ミッドランズの自動車、北西部の航空宇宙、スコットランドの洋上風力など、地域ごとに特色ある産業クラスターも形成されています。ライフサイエンス産業だけでも2023/24年度の売上高は1,469億ポンドに達しました。
一方、弱みとしては生産性の伸び悩み、技能人材不足、設備・電力コスト、そして欧州連合(EU)からの離脱によるEUとの貿易摩擦があります。英国予算責任局(OBR)は2026年7月時点でも、EU離脱後の通商関係によって長期的な英国の生産性がEU残留時と比べ約4%低くなり、輸出入がそれぞれ約15%低い水準になるとの前提を維持しています。関税そのものだけでなく、通関、原産地規則、規制適合、証明手続きといった非関税障壁が製造業の負担となっています。
また、EU域内の「人の移動の自由」が終了したことで採用環境も変化しました。2026年には英国全体の求人件数はピーク時より減少し労働市場は緩和していますが、先進製造業ではエンジニアや専門技能職の不足が引き続き政策課題とされています。
製造業全体(現状・今後・最新の政権と政策が製造業に与える影響)
製造業政策の大きな転換点となったのが、2024年7月に発足した労働党・キア・スターマー政権です。同政権は2025年6月、10年間を対象とする「Modern Industrial Strategy」を公表し、先進製造業、クリーンエネルギー、ライフサイエンスなど8分野を成長産業に指定しました。産業戦略は2026年6月にも更新されています。
脱炭素分野では、クリーンエネルギー産業への年間投資額を2035年までに300億ポンド超へ拡大する方針です。洋上風力、送電網、蓄電池、水素などへの投資は、発電事業だけでなくケーブル、電気設備、素材、機械など幅広い製造業への需要を生みます。
自動車分野では2025年に「DRIVE35」を打ち出し、2026年8月には支援規模を40億ポンドへ拡大しました。EV、バッテリー、パワーエレクトロニクスなどの国内サプライチェーン形成を支援しています。
なお、2026年8月現在の首相はアンディ・バーナムです。2026年7月の就任後も「英国の再工業化」や政府調達を通じた国内産業支援を掲げており、製造業強化を重視する政策の方向性は続いています。
製造業の主要産業
2026年現在、規模だけでなく、輸出力、研究開発力、政府の政策重点を総合すると、イギリス製造業を牽引する主要産業として次の3分野が挙げられます。
航空宇宙・防衛産業は英国を代表する輸出型産業です。ADS Groupの2026年版統計によると、2025年の航空宇宙産業の売上高は415億ポンド、輸出額は306億ポンド、雇用は約11万3,000人でした。防衛需要の増大や次世代航空機、宇宙・無人システムへの投資も追い風です。
医薬品・ライフサイエンス産業では、2023/24年度の売上高が1,469億ポンド、うちバイオ医薬品が989億ポンドを占めます。製造を主活動とする企業だけでも売上高は465億ポンドに達しており、研究開発から量産までを国内で担える点が強みです。
自動車・EV産業はEV転換の途上にあります。SMMTによると2025年の英国の自動車(乗用車・商用車)生産は76万4,715台と前年比15.5%減でしたが、BEV・PHEV・HEVの生産は29万8,813台へ増加し、乗用車生産に占める電動車比率は過去最高の41.7%となりました。新型EVの投入と国内バッテリー・駆動系サプライチェーンの育成が今後の成長を左右します。
製造業の代表企業
航空宇宙分野ではRolls-Royce Holdingsが代表企業です。2025年の基礎的売上高は200億5,900万ポンドで前年比約14%増、うちCivil Aerospace部門は103億8,200万ポンドでした。2026年には基礎的営業利益40億~42億ポンドを見込んでおり、民間航空機エンジン需要の回復が成長を支えています。
ライフサイエンスではAstraZenecaが世界を代表する英国系製薬企業です。2025年の総売上高は587億3,900万ドル、2026年上半期も306億7,200万ドルと前年同期比6%増(為替一定ベース)でした。上半期売上高の46%をオンコロジー領域が占めています。
自動車ではJaguar Land Rover(JLR)が代表格です。2026年3月期の売上高は229億ポンドでした。米国関税、中国市場、サイバーインシデントなどの影響で前年比20.9%減となったものの、2026年4~6月期には60億ポンドの売上高を確保し、Range Rover Electricなど次世代電動車の投入を進めています。
日本企業の進出状況(現在・今後)
日本企業にとってイギリスは、欧州の中でも重要な投資先です。英国政府は2025年7月時点で、約1,000社の日本企業が英国で事業を展開し、日本からの対英投資残高は870億ポンドに達するとしています。
外務省も2026年7月、2025年10月1日時点の最新「海外進出日系企業拠点数調査」を公開しています。同調査には支店、100%出資現地法人、出資比率10%以上の合弁企業などが含まれます。
欧州連合(EU)からの離脱後も、日本企業にとって英国の価値が失われたわけではありません。日英包括的経済連携協定(CEPA)に加え、英国は2024年12月にCPTPPへの加盟を発効させています。特にEV、洋上風力、送電インフラ、航空宇宙・防衛、ライフサイエンスでは、英国政府の産業政策と日本企業の技術力が補完関係にあり、新規投資の余地があります。英国政府も2025年の日英投資協力で、英国から日本への投資拡大が期待される分野として、クリーンエネルギー、デジタル、バイオテクノロジー・ヘルスケアなどを挙げています。
イギリスに進出した日本製造業企業
住友電気工業株式会社
住友電気工業株式会社は2024年5月、スコットランド・ハイランド地方のニッグ港(Port of Nigg)で、洋上風力発電や送電網向けの高圧海底ケーブルを製造する新工場の建設を開始しました。投資額は約3億5,000万ポンドで、着工時点では2026年の稼働開始を予定していましたが、2026年7月の発表では、同工場でのケーブル製造開始は2027年第2四半期を予定しています。英国では洋上風力の拡大に伴って海底送電ケーブルの需要増が見込まれており、同工場は英国のネットゼロ政策と電力インフラ強化を支える重要な製造拠点として位置付けられています。
ジヤトコ株式会社
ジヤトコ株式会社は2025年1月、イングランド北東部サンダーランドにEV向け3-in-1電動パワートレインを生産する新拠点を設ける計画を発表しました。投資額は約4,870万ポンド、生産能力は年間34万基を想定し、183人の直接雇用に加え、サプライチェーンで400人超の雇用を支える計画です。英国政府も1,200万ポンド超を支援しており、英国内でモーター、インバーター、減速機を一体化した3-in-1電動パワートレインを生産する、EVサプライチェーン形成の象徴的案件となっています。
VTホールディングス株式会社(傘下:英・ケータハム)
VTホールディングス株式会社が所有する英国スポーツカーメーカーCaterham(ケータハム)は、2024年6月、ケント州ダートフォードで新本社・新工場の本格稼働を開始しました。VTホールディングスによる投資を背景に、本社機能、製造、エンジニアリング、モータースポーツ部門などを集約し、年間生産能力を従来比約50%増の750台へ拡大しました。英国の伝統的な少量スポーツカー製造を日本企業が資本面から支える特徴的な事例です。
まとめ
2026年のイギリス製造業は、サービス産業中心の経済構造の中でも、航空宇宙・防衛、医薬品・ライフサイエンス、自動車・EVを中心に高い技術力と輸出競争力を維持しています。一方、欧州連合(EU)からの離脱による対EU貿易コスト、技能人材不足、国際競争の激化といった課題は継続しています。
その一方で、2025年の産業戦略、クリーンエネルギー投資、DRIVE35などを通じ、政府は製造業の国内投資とサプライチェーン強化を政策的に後押ししています。住友電工、ジヤトコ、VTホールディングスの事例が示すように、日本企業にとっても、英国は「欧州市場への販売拠点」だけでなく、脱炭素やEV、高付加価値製造を担う戦略的な生産・研究開発拠点として引き続き注目すべき市場です。
参考ソース一覧
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- GOV.UK「Prime Minister」
- 外務省「英国 基礎データ」
- XE「GBP to JPY Currency Converter」
- Office for National Statistics「Provisional population estimate for the UK」
- Office for National Statistics「Religion, England and Wales: Census 2021」
- Scotland’s Census「Scotland’s Census 2022 – Ethnic group, national identity, language and religion」
- Office for National Statistics「Past and projected period and cohort life tables: 2024-based, UK, 1981 to 2074」
- House of Commons Library「Industries in the UK」
- Make UK「UK Manufacturing: The Facts 2025」
- Office for National Statistics「GDP first quarterly estimate, UK: April to June 2026」
- GOV.UK「Bioscience and health technology sector statistics 2023 to 2024」
- Office for Budget Responsibility「Brexit analysis」
- GOV.UK「Temporary Shortage List: Stage 2 report」
- GOV.UK「Industrial Strategy」
- GOV.UK「Clean Energy Industries Sector Plan」
- GOV.UK「Backing British Industry: Government launches £2.5bn DRIVE35 programme」
- GOV.UK「DRIVE35 Funding Programme: Transformation」
- GOV.UK「Andy Burnham’s first speech as Prime Minister: 20 July 2026」
- ADS Group「Industry Facts & Figures 2026」
- SMMT「Tough year for Auto but new models and Industrial Strategy can deliver growth」
- Rolls-Royce「2025 Full Year Results」
- AstraZeneca「Full Year and Q4 2025 results」
- AstraZeneca「H1 and Q2 2026 results」
- JLR「FY26 Full Year Results」
- JLR「JLR DELIVERS PROFITABLE QUARTER DESPITE SUPPLY AND MARKET CHALLENGES」
- 外務省「海外進出日系企業拠点数調査」
- GOV.UK「UK and Japan sign investment partnership to drive economic growth」
- GOV.UK「£2 billion boost to growth as UK joins major trade group」
- 住友電気工業「Sumitomo Electric commences construction work for its new Subsea Cable factory in Scotland」
- 住友電気工業「Sumitomo Electric and Van Oord Consortium Secures HVDC Cable Framework Agreement with SSEN Transmission」
- GOV.UK「Massive boost for UK motor industry as £50 million investment deal secured」
- ジヤトコ「欧州における新たな生産会社『ジヤトコ英国会社』を設立」
- Caterham「Caterham relocates to new global HQ」
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