中小製造業の実践的なSWOT分析と陥りやすい落とし穴(事例付き)

【執筆者紹介】小林(井上) 正道
この記事の執筆者
小林(井上) 正道
会社名:テクノポート株式会社
役職:取締役
【経歴】
製造業のWebマーケティング支援を15年以上。
製造業への訪問実績3000件を超える。
幅広い加工知識と市場調査をもとに、製造業の新規顧客開拓の支援を行う。

日本工業大学技術経営学修士号(MOT)
研究テーマ「Webを活用した用途開発マーケティング」

【専門領域】
製造業 × 企画コンサルティングスキル × Webスキル(SEO中心)

【寄稿実績】
・Webリニューアルが逆効果に? 問い合わせを減らさない製造業のサイト改革(MONOist)
・新規顧客が集まらない製造業のWebサイト、活用を阻む3つの壁(MONOist)
・技術PRのために最適なWeb戦略は何か、「アンゾフの成長マトリクス」の活用(MONOist)
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はじめに:SWOT分析は「戦略を考えるための道具」

中小製造業の経営者にとって、自社の現状を正しく把握し、将来の方向性を定めることは常に重要な課題です。日々の受注対応や現場管理に追われる中で「どこに力を入れるべきか」「どう差別化すればよいのか」と悩むことも多いでしょう。
そんなときに役立つのが、SWOT分析です。しかし、多くの企業でSWOT分析は「表を埋めて終わり」になりがちで、本来の目的を果たせていません。本記事では、中小製造業がSWOT分析を実務で活かすための考え方と、陥りやすい落とし穴、そして効果的な使い方を実例とともに解説します。

SWOT分析とは何か

SWOT分析とは、自社を取り巻く状況を「内部要因」と「外部要因」に分けて整理する経営分析手法です。4つの要素の頭文字を取って名付けられています。

強み(Strength)

強みは同業他社に対して優れているスキルや技術、環境などです。
独自の加工技術、短納期対応力、熟練技能者の存在、品質管理体制などが該当します。

弱み(Weakness)

弱みは同業他社と比較して劣っていることスキルや技術、環境です。
設備の老朽化、人材不足、営業力の弱さ、IT化の遅れなどがこれにあたります。

機会(Opportunity)

機会は市場や業界のチャンスです。
市場の拡大、新技術の登場、補助金制度、業界のDX化などがチャンスとなります。

脅威(Threat)

脅威も市場や社会の変化が当てはまります。
価格競争の激化、海外企業の参入、原材料高騰、人手不足の深刻化などが代表例です。

SWOT分析の本来の目的

SWOT分析には3つの重要な目的があります。
第一に、現状を構造的に理解することです。社内外の要因を体系的に整理することで、勘や経験だけでなく、論理的に「なぜ今の状況になっているのか」を把握できます。
第二に、戦略の焦点を定めることです。強みを活かして機会を掴むのか、弱みを補って脅威を回避するのか。限られた経営資源をどこに集中すべきかの判断材料になります。
第三に、社内の認識を揃えることです。経営者と

現場リーダーが共通の言葉で現状を共有し、戦略について議論できる土台をつくります。
つまりSWOT分析は、「整理」ではなく「意思決定」のための思考整理なのです。「この状況で、私たちはどの方向に進むべきか?」に答えることが本来のゴールです。

中小製造業が陥りやすい5つの落とし穴

落とし穴①:主観的になりやすい

中小企業では、社内の印象や希望的観測に基づいて項目を挙げてしまいがちです。「うちの技術力は高い」「お客様からの評価は良い」といった主観的な認識だけで強みを定義すると、現実とのズレが生まれます。
対策:可能な限り具体的なデータや事実で裏付けましょう。納期遵守率、不良率、リピート率、顧客ヒアリング結果など、測定可能な指標を添えることが重要です。

落とし穴②:4象限を埋めることが目的化する

「とりあえず全部の枠を埋めよう」とすると、実態にそぐわない要素まで無理に書き込んでしまい、分析が「こじつけ」になります。どの会社にも当てはまるような抽象的な文言が並ぶだけで終わってしまうのです。
対策:無理に埋める必要はありません。本当に重要な要素だけを、具体的な根拠とともに記載しましょう。

落とし穴③:戦略に結びつかないまま終わる

SWOT表を作成して満足してしまい、「では具体的にどう動くのか」が決まらない。これでは分析が活かされません。分析で終わってしまうのは、SWOT本来の目的を見失っている証拠です。
対策:SWOT分析は出発点に過ぎません。次章で説明する「クロスSWOT」や優先順位付けまで進めることが必須です。

落とし穴④:短絡的に戦略を導いてしまう

逆に、分析結果から安易に戦略を導き出してしまうケースもあります。「強み=高い技術力」「機会=海外需要の拡大」だから「海外進出すべき」というように、競合状況やコスト構造、リスク分析を飛ばして結論に飛びつくのです。
対策:SWOT分析は「考えるための出発点」であり、「答えを出す装置」ではありません。分析結果は仮説として扱い、実行可能性や優先順位を別途検証する必要があります。

落とし穴⑤:受託加工業特有の問題を見落とす

受託加工業では、自社製品を持つメーカーと異なり、強みや弱みが顧客によって変わるという特徴があります。ある顧客には「短納期」が強みでも、別の顧客には「品質保証体制」が重視されます。また、ターゲットが変われば提供価値も変わるため、単一のSWOT表から一つの戦略を導くことが困難です。
対策:主要顧客や業界ごとにSWOTを分けて考え、「誰に対しての強みか」を明確にすることが実務的です。

SWOT分析を効果的に使うための4つの工夫

工夫①:他のフレームワークと組み合わせる

SWOT単体では情報が抽象的になりがちです。外部環境の分析にはPEST分析(政治・経済・社会・技術)や3C分析(市場・競合・自社)を、内部分析にはVRIO分析(経営資源の価値・希少性・模倣困難性・組織活用度)を併用することで、各要素の客観性を高められます。

工夫②:根拠を明示する

「論拠はあるが根拠がない」状態は、こじつけ分析の典型です。各項目には必ず事実やデータを添えましょう。
強み「高精度加工技術」→ 加工精度±0.01mm、顧客満足度95%
機会「EV市場の拡大」→ 経産省レポート「2030年までに市場規模3倍」
脅威「競合の新設備導入」→ A社プレスリリース「生産性30%向上」
このような根拠づけが分析の信頼性を大きく高めます。

工夫③:クロスSWOTで戦略の方向性を考える

4つの要素を組み合わせて戦略の方向性を導く手法がクロスSWOT分析です。
SO戦略(強み×機会):技術力を活かして成長市場に参入
ST戦略(強み×脅威):品質と信頼性で価格競争を回避
WO戦略(弱み×機会):DX化で生産効率を上げ新分野へ
WT戦略(弱み×脅威):不採算分野を縮小し集中化
ただし注意が必要です。クロスSWOTにも弱点があります。要素の重み付けが考慮されない、短絡的な結論に飛びつきやすい、静的で環境変化に対応しにくい、などです。クロスSWOTはあくまで「戦略アイデアの整理ツール」であり、実行戦略の設計には別途検証が必要です。

工夫④:優先順位をつけて実行計画に落とす

すべての戦略を同時に実行することはできません。「効果の大きさ×実現可能性」のマトリックスで優先順位をつけ、具体的なロードマップに落とし込むことが重要です。ここまで進めて初めて、SWOT分析が経営判断のツールになります。

金属切削加工業のSWOT分析例

では具体的なテストケースをもとに分析を行っていきましょう。
想定企業:
事業内容:金属切削加工業
従業員数::20名
設立:昭和50年
資本金:1,000万

SWOT分析

強み(Strengths)

  • 技術力と経験: 多年にわたる金属切削加工の経験と高度な技術を持つ。
  • 難削材での加工実績と経験:多様な材質の加工実績を持ち、積極的に新規材質に挑戦している。
  • カスタマイズ対応: 顧客の特別な要求に柔軟に対応できる。
  • 小ロット対応:一個からの加工対応が可能。
  • 個人からの製作にも対応。

弱み(Weaknesses)

  • 規模の小ささ: 中堅規模の加工競合他社に比べて規模が小さく、稼働できる設備に限界がある。
  • 設備の古さ: 一部の設備が古くなっており、最新の技術や機械に対応できない部分がある。
  • マーケティング不足: 新規顧客の開拓に関するマーケティング戦略が不足している。
  • 人材の限界: 技術者の数が限られており、繁忙期に対応するのが難しい場合がある。
  • 高齢化:技術者の高齢化が進んでおり、若い人への技術継承が進んでいない。

機会(Opportunities)

  • 材質の進歩: 機能性材質、合金などの開発が盛んで、未知材の切削加工が求められている。
  • 新規市場の成長: 半導体製造部品、自動車電装部品、ロボット部品などの成長分野がある。
  • 競合数の減少:景気悪化や後継者不足から廃業する同業者が増えていることで残存者メリットがある。
  • 国内回帰の流れ:円高やチャイナリスクの影響で一部の仕事は国内に戻ってきている。
  • 政府の支援策: 中小企業向けの補助金や助成金、技術支援プログラムの利用可能性がある。
  • 持続可能性への関心の高まり: 環境に配慮した加工技術やリサイクル材料の需要増加。

脅威 (Threats)

  • 競争の激化: 国外の競合他社の増加と価格競争。
  • 衰退市場:自動車のエンジン部品などEV化に伴う部品点数の減少。
  • 原材料費の上昇: 金属材料の価格変動によるコスト増加。
  • 経済の不確実性: 経済状況の変動による需要の変化。
  • 環境規制の強化: 環境保護規制の強化による対応コストの増加。 
  • デジタル化:デジタル化が進み人が必要なくなってきている。

上記のように、自社を取り巻く環境と自社内部の状況を交えて状況を可視化させる表を作成します。その上でどのような施策が立てられるかを検討していきます。考え方としては企業の内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)を組み合わせて、具体的な戦略を導き出します。

施策の立案(クロスSWOT分析)

強み(Strengths) × 機会(Opportunities)= SO戦略

  1. 技術力と経験 + 材質の進歩:多様な材質の加工実績と高度な技術を活かし、新しい材質の加工ニーズに対応する。
  2. 難削材での加工実績と経験 + 新規市場の成長:難削材の加工経験を活かして、半導体製造部品やロボット部品などの成長市場に進出する。
  3. カスタマイズ対応 + 国内回帰の流れ:カスタマイズ対応力を強化し、国内回帰の流れを捉えて新規顧客を獲得する。
  4. 小ロット対応 + 持続可能性への関心の高まり:環境に配慮した加工技術を採用し、小ロット対応を武器に環境配慮型製品を提供する。

強み(Strengths) × 脅威(Threats)= ST戦略

    1. 技術力と経験 + 競争の激化:高度な技術力を強化し、競争力を維持するための独自の技術やプロセスを開発する。
    2. 難削材での加工実績と経験 + 衰退市場:難削材の加工実績を他の成長市場(例:EV関連部品)に転用し、衰退市場からの影響を最小限に抑える。
    3. カスタマイズ対応 + 原材料費の上昇:カスタマイズ対応を強化し、原材料費の上昇に対応するためのコスト管理戦略を導入する。
    4. 技術力と経験 + デジタル化:デジタルではできない領域を定義し技術者が活躍する領域の仕事を獲得する。

弱み(Weaknesses)× 機会(Opportunities) = WO戦略

    1. 規模の小ささ + 材質の進歩:新技術の導入により、規模の小ささを補い、材質の進歩に対応する。
    2. 設備の古さ + 新規市場の成長:補助金や助成金を活用して設備を更新し、新規市場に対応する。
  1. マーケティング不足 + 国内回帰の流れ:デジタルマーケティングを強化し、国内回帰の流れを活かして新規顧客を開拓する。
  2. 高齢化 + 政府の支援策:技術継承プログラムを活用し、若い人材を育成し、高齢化に対応する。

弱み(Weaknesses) × 脅威(Threats) = WT戦略

  1. 規模の小ささ + 競争の激化:特定のニッチ市場に特化し、大手競合他社との差別化を図る。
  2. 設備の古さ + 原材料費の上昇:設備の効率化を図り、コスト削減のためのプロセス改善を行う。
  3. マーケティング不足 + 経済の不確実性:リスク管理の強化と、多様な市場に対応するための柔軟なマーケティング戦略を導入する。
  4. 人材の限界 + 環境規制の強化:自動化技術を導入し、環境規制に対応するためのトレーニングを実施し、人材の効率化を図る。

施策の優先順位を決定

上記のようにアクションプランの候補を挙げた中で、取り組むべき施策とその優先度を決定していきます。このようにSWOT分析を行うことで、おおまかな事業の内容をとらえ、アクションプランの選定と優先度の決定、そこから実現するための具体的な方法を検討するという流れを作ることができます。

まとめ:SWOT分析を「生きた戦略ツール」にするために

SWOT分析は、中小製造業にとって非常に有用なフレームワークです。しかし、表を埋めること自体が目的になってしまうと、本来の力を発揮できません。
重要なのは、目的を明確にし、根拠を示し、戦略と行動計画に結びつけることです。特に受託加工業では、顧客やターゲットによって強みや提供価値が変わることを理解し、柔軟に分析する必要があります。
SWOT分析は現状を整理するだけでなく、「どんな未来をつくるか」を考えるための出発点です。自社の強みを最大限に活かし、変化の激しい製造業界で持続的な成長を実現するために、ぜひ実践的に活用してみてください。

この記事の執筆者
小林(井上) 正道
会社名:テクノポート株式会社
役職:取締役
【経歴】
製造業のWebマーケティング支援を15年以上。
製造業への訪問実績3000件を超える。
幅広い加工知識と市場調査をもとに、製造業の新規顧客開拓の支援を行う。

日本工業大学技術経営学修士号(MOT)
研究テーマ「Webを活用した用途開発マーケティング」

【専門領域】
製造業 × 企画コンサルティングスキル × Webスキル(SEO中心)

【寄稿実績】
・Webリニューアルが逆効果に? 問い合わせを減らさない製造業のサイト改革(MONOist)
・新規顧客が集まらない製造業のWebサイト、活用を阻む3つの壁(MONOist)
・技術PRのために最適なWeb戦略は何か、「アンゾフの成長マトリクス」の活用(MONOist)
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