【用途開発 成功例】ゴアテックスが行った新素材マーケティングとは

【執筆者紹介】永井 満

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この記事の執筆者
永井 満
経歴
・1986年生まれ
・東海地方責任者|テクノポート株式会社
・航空宇宙工学専攻(修士|論文)|日本大学大学院
・元技術者(設計開発)|ボッシュ株式会社
企業紹介系YouTubeの運用|キギョズム
技術紹介系YouTubeの運用|テクパルコ

専門領域
・技術マーケティング
・技術ブランディング
・イノベーションのための思考法

マーケティング研究テーマ
想起から逆算して設計するブランディングモデルの開発
(BBBAMモデル|ビー・ビー・バン・モデル)


セミナー講師実績
 主催:株式会社日本テクノセンター
 テーマ:技術マーケティングの効果的な推進ポイント

MONOist寄稿実績
・技術者なしのマーケティングはあり得ない!
・マーケターにも技術的知識が必須に!
・「サプライヤーの探し方と選定基準」の本音
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新しい素材や技術が生まれても、それだけでは市場は動きません。性能が良いことと、売れることは、まったく別の話です。

実際、ゴアテックスも最初から順風満帆ではありませんでした

耐熱、防水、透湿、防風と、性能だけ見れば「何にでも使えそうな素材」でした。ただ、その万能さこそが、用途を絞れず、売れない原因にもなっていました。

この状況を変えたのが、日本で行われた用途開発とマーケティングです。

スキーウェアという市場を見つけ、競合が増える中でも選ばれ続けるポジションを作り上げました。
本記事では、ゴアテックスの用途開発とマーケティングの成功例をもとに、新素材をどうやって市場に定着させたのか、その考え方と構造を整理していきます。

ゴアテックスとは

出所:chatGPTによる生成

ゴアテックスは、ePTFEと呼ばれるフッ素樹脂を極限まで引き伸ばして作った多孔質フィルムをベースにしたフィルム状の素材です。1969年にアメリカのW. L. Gore & Associates社が開発しました。

一番の特徴は、「水は通さないけれど、水蒸気は通す」という相反する性質を両方持っているところです。防水と透湿を同時に実現していて、当時としてはかなり珍しい素材でした。
もう少し分かりやすく言うと、雨や雪のような液体の水はフィルムを通過できませんが、汗として出る水蒸気は外に逃がしてくれます。そのため、濡れないのに蒸れにくいという状態を作れるわけです。

この構造はコーティングではなく、素材そのものが微細な孔を持つ構造になっているため、性能が長く安定しやすいという利点もあります。

ゴアテックスはアパレル素材として有名ですが、もともとは工業用途がメインでした。耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性、低摩擦性、生体適合性といった特性があり、電線被覆、工業用フィルター、人工血管などの専門的な分野で使われてきました。

エンジニアから見ると、「ほとんど何にでも使えそうな素材」でした。ただ、ここが重要なポイントです。性能が高く、用途が無限に見える素材ほど、実は売りづらくなります。ゴアテックスも例外ではありませんでした。価格は高く、用途は広すぎる。その結果、「何に使う素材なのか」が市場になかなか伝わらない状態が続いていました。

後に一般消費者の認知を一気に高めたのが、「ゴアテックス・ファブリック」としての展開です。防水透湿素材としてスキーウェアやアウトドアウェアに使われるようになり、初めて「ゴアテックス=あの素材」という共通認識が生まれました。この転換点を作ったのが、日本で行われた用途開発とマーケティングでした。

つまり、ゴアテックスは最初から万能素材だったわけではありません。万能すぎた素材を、どう絞り、どう伝え、どう市場と結びつけたか。ここに、新素材マーケティングの本質が詰まっています。

ゴアテックスの用途開発実績

出所:chatGPTによる生成

ゴアテックスは、防水透湿素材として知られていますが、実際の用途はそれだけではありません。むしろ、歴史的には産業用途・医療用途から先に広がった素材です。
ePTFEという素材特性が非常に汎用的だったため、用途開発の実績は多岐にわたります。

まず、医療分野です。
ゴアテックスは生体適合性が高く、体内で劣化しにくい特性を持っています。このため、人工血管や心臓パッチといった医療用途に早い段階から採用されました。体内に埋め込まれる素材では、安全性と信頼性が最優先されますが、ゴアテックスはその条件を満たしていました。ここでの採用実績は、素材としての信頼性を裏付ける重要な実績になっています。

次に、電気・電子分野です。
耐熱性と高い絶縁性を活かし、PCや通信機器向けの絶縁ケーブル、同軸ケーブルなどに使われてきました。特に高周波領域では、信号ロスを抑えられる点が評価されています。コンピュータや通信機器が高度化する過程で、ゴアテックスは裏側で重要な役割を果たしてきました。

産業用途も広い分野に及びます。
工業用フィルターやガス処理フィルターでは、耐薬品性と微細孔構造が活かされています。化学プラントや半導体製造プロセスなど、過酷な環境でも安定して使える点が強みです。また、自動車や航空機分野では、軽量性や耐久性を活かした部材として採用されています。

建築・土木分野でも使われています。
防水性と耐候性を活かし、建築用の防水シートや膜材料として採用されるケースがあります。長期間にわたって性能を維持できる点が評価されています。

して、一般消費者に最も知られることになったのが、アパレル用途です。
スキーウェア、登山用ウェア、アウトドアウェアを中心に、防水透湿素材として広く普及しました。後にはストリートアパレルやタウンユースにも展開され、ゴアテックスという名前そのものが品質保証のような役割を持つようになります。

こうして見ると、ゴアテックスの用途開発実績は、医療、電気・電子、産業、建築、アパレルと、かなり幅広い分野に広がっています。

一つの用途に依存せず、複数の業界にまたがって実績を積み上げてきた点は、新素材としてはかなり珍しい部類です。この「実績の幅」そのものが、後にゴアテックスのマーケティングを強く支える土台になっていきます。

ゴアテックスの担当者が行った3つの戦略

背景(競合の増加など)

スキーウェア用途でゴアテックスが注目され始めると、当然のように競合素材が次々と現れます。
防水透湿という機能自体は、技術的にまったく不可能というわけではありません。表面コーティング型の素材や、簡易的な多層構造の生地が市場に投入され、価格もゴアテックスより安い。市場は一気に騒がしくなりました。

素材メーカーの立場で見ると、ここはかなり危険な局面です。
性能差が正しく伝わらなければ、あとは価格勝負になります。新素材が「高いけどよく分からないもの」になった瞬間、市場から消える可能性も十分にありました。

この状況に対して、ゴアテックスの担当者であった井上忠氏は、価格競争には乗らないと最初から決めています。その代わりに取ったのが、素材メーカーとしては異例とも言える3つの戦略でした。

ナンバーワン戦略

出所:chatGPTによる生成

まず打ち出したのが、ナンバーワン戦略です。
ゴアテックスは「なんとなく良さそう」ではなく、「明確に一番である」ことを示しにいきました

競合素材との違いは、構造そのものにあります。ゴアテックスは多孔質構造を持つフィルムで、性能が素材の中に組み込まれています。一方、競合の多くは表面コーティング型で、摩耗や劣化によって性能が落ちやすい。
この違いを、感覚ではなくデータで示しました。

第三者機関に依頼し、防水性、透湿性、耐久性を客観的に比較します。大学や海外の研究機関による評価を使い、「ゴアテックスが一番である理由」を数字で説明しました。
さらに、訴求の軸を単なる性能数値ではなく、「快適さ」に置き換えた点も重要です。本物の快適さ、本物の満足度という言葉で、エンドユーザーの体感に寄せて伝えました。

性能の高さを自称するのではなく、第三者評価と体感価値で裏打ちする。ここで、ゴアテックスは単なる素材ではなく、「基準」になっていきます。

最終製品戦略

出所:chatGPTによる生成

次が、最終製品戦略です。
これは素材メーカーとしては、かなり踏み込んだ判断でした。

通常、素材メーカーは中間製品メーカーまでを顧客とし、最終消費者には直接語りかけません。ところがゴアテックスは、自分たちを最終製品の一部として扱うことを決断します。

具体的には、ゴアテックスのロゴマークをウェアの表に表示させました。
素材名を前面に出すことで、「このウェアはゴアテックスを使っている」ということを消費者が一目で分かるようにしたのです。素材がブランドになる、という状態を意図的に作りました。

さらに、広告や広報活動も素材メーカーの枠を超えています。
スキー雑誌やアウトドア雑誌への広告、交通広告、小売店での体験展示など、消費者向けのプロモーションを大規模に実施しました。選手や登山家を起用し、実使用のシーンを通じて信頼を積み上げていきます。

品質管理にも徹底的に関与しました。縫い目から水が入らないようにするためのシームテープ処理を義務化し、検査基準を満たさない製品は出荷させない。メーカーであっても例外はありません。
素材でありながら、最終製品の品質まで責任を持つ。この姿勢が、他社との差を決定的にしました。

高価格戦略

出所:chatGPTによる生成

3つ目が、高価格戦略です。
ゴアテックスは、意図的に安売りをしませんでした。

スキーウェアでは、3万円台後半という当時としてはかなり高い価格帯を維持します。競合は少し安い価格で対抗してきましたが、ゴアテックスは値下げに応じませんでした。
理由はシンプルで、「本物は高い」というメッセージを崩したくなかったからです。

価格は、品質と自信の表明でもあります。
ナンバーワンであること、最終製品として責任を持つこと。その前提があるからこそ、高価格が説得力を持ちます。結果として、「どうせ買うならゴアテックス」という選択が生まれました。

この3つの戦略は、それぞれ単独では成立しません。
ナンバーワンであることを示し、最終製品として振る舞い、その上で高価格を貫く。3点が揃ったことで、ゴアテックスは価格競争とは無縁のポジションを確立しました。

新素材マーケティングにおいて、ここまで一貫した戦略を取った例は、今見てもかなり珍しいと言えます。

ゴアテックスのマーケティングが成功した理由

ゴアテックスのマーケティングがなぜ成功したのか。
これを突き詰めていくと、素材そのものの性能以上に、「担当者の動き方」が決定的だったことが見えてきます。

ポイントは3つあります。

  • 走りながら考え、考えながら走り続けたこと。
  • 並外れた思いの強さと情熱を持っていたこと。
  • 要求価値と提供価値のズレを徹底的に潰し続けたこと。

です。

これを、マーケティングの4Fモデルに当てはめると、かなり整理しやすくなります。まず、マーケティングで一番重要なことは何かというと、選ばれることです。お客さんの頭の中に入って、ちゃんと選ばれること。

選ばれた結果として、購入が起きます。なので、買われる前に、まず選ばれている必要があります。
では、その「選ばれる確率」は何で決まるのか。

それを説明するのが4Fモデルです。

選ばれる確率は、発見されるかどうか、好意を持たれるかどうか、物理的に購入できるかどうか、そして嫌悪を持たれていないかどうか、この4つで決まるという考え方です。

まず一つ目が「発見されるかどうか」です。これは0か1かの世界です。知られていなければ、存在していないのと同じです。ゴアテックスのマーケターは、ここを甘く見ませんでした。素材メーカーでありながら、消費者の目に直接触れる施策をやり続けました。ロゴを前面に出し、雑誌広告を打ち、スキー場や売り場で徹底的に露出しました。

次が「好意の強さ」です。

好意とは需要者の要求価値に対するこちらの提供価値距離できまる指標です。距離が近ければ近いほど好意は高まります。

ゴアテックスは、「高機能素材です」とは言いませんでした。そうではなく、「快適です」と伝えるようにしたのです。寒くない、濡れない、蒸れない。スキーをする人が本当に欲しい価値に、提供価値を寄せにいきました。好意は説得で作るものではなく、ズレを減らすことで生まれます。ゴアテックスのマーケターは、そこを本能的に理解していたように見えます。

3つ目が「物理的購入ハードル」です。
ここも重要です。どれだけ発見されて、どれだけ好意を持たれても、買えなければ意味がありません。
ゴアテックスは、ブランド側から販売現場に深く入り込みました。どう売るか、どう説明するか、どんな展示をするか。販売の仕組みそのものを設計しています。素材メーカーなのに、最終製品の売られ方まで気にしている。これも、考えてから動いたというより、動きながら最適化していった結果です。

最後が「嫌悪の強さ」です。
ここがゴアテックスのマーケティングで、かなり面白いところです。普通は、自社の好意を上げようとします。しかしゴアテックスは、自社の嫌悪を下げるだけでなく、競合の嫌悪を相対的に高めにいきました。ナンバーワン戦略です。「本物はうちだけ」というメッセージを打ち出すことで、他社製品に対して「本当に大丈夫なのか」という疑念を生ませました。結果として、競合が選ばれる確率を下げ、相対的に自社が選ばれやすくなりました。

4Fモデルを、自社だけでなく、市場全体に拡張して使っていました。そして、この一連の動きを支えていたのが、マーケター個人の思いの強さと情熱です。ルールが整っていたわけでも、前例があったわけでもありません。それでもやり続けた。修正し続けた。折れなかった。

ゴアテックスのマーケティングは、優れた理論を使ったから成功したのではありません。走りながら考え、情熱を持ち、要求価値と提供価値のズレを執念深く潰し続けました。その結果として、4Fのすべてが噛み合いました。

この一貫した姿勢こそが、ゴアテックスを今も強いブランドとして成立させている理由と言えます。

参考資料

まとめ

素材の用途開発マーケティングを行う場合、多くの需要者に発見されて、その上で好意を獲得することが重要になります。今の時代それらを最も実行しやすいのがWebマーケティングになります。需要者はニーズが発生したタイミングで検索し、検索結果の上位に自社サイトが表示されることで発見され、さらにサイト内で要求価値を満たすような伝え方をすることで問い合わせに繋がる確率が高まっていきます。テクノポートはWebマーケティングの戦略立案から実行、さらにブランディングまで視野に入れたトータルのプロデュースを得意としています。用途開発でお困りでしたら、ぜひテクノポートにご相談ください。

この記事の執筆者
永井 満
経歴
・1986年生まれ
・東海地方責任者|テクノポート株式会社
・航空宇宙工学専攻(修士|論文)|日本大学大学院
・元技術者(設計開発)|ボッシュ株式会社
企業紹介系YouTubeの運用|キギョズム
技術紹介系YouTubeの運用|テクパルコ

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・技術マーケティング
・技術ブランディング
・イノベーションのための思考法

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